戦国時代をテーマに現代アートでアレンジ

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#01 ”アートで関ヶ原”

 

 コンクリートで作られた何とも言えない造形の武将達。
生首が運ばれる不気味な家康の首実検場の再現。関ヶ原で活躍した戦国武将達だけでなく、足軽で参戦した武蔵、又八の像もちゃんと再現されている。
背後に視点を返すと、園内にある池( 沼?)の中にはなぜか龍が赤い舌を伸ばしながら鎮座していたりもする。
 武士が高らかに上げる手紙らしきものには「ノーモアー関ヶ原じゃ!」の文字。「思えばこの関ヶ原の戦いによって太平の世の中が築かれた戦でもあったんだよな」と鈴木氏がささやいていた。

 そう、私たちは戦国プロジェクトで関ヶ原に取材で訪れた際、駅の正面にでっかく書かれた「関ヶ原ウォーランド」の看板に心を引かれてやってきたのだ。

 「関ヶ原ウォーランド」は1964年、東京オリンピックの年に開園したらしい。それにしても等身大で、草ぼうぼうの公園?に(これも戦国の戦の再現なのか)展開される、40年の歳月を経た今でもその躍動感に溢れ妖力を失わない関ヶ原立体ジオラマはいったい誰が作ったのだろうか。
 その答えは、都築響一さんがART ITの連載で書いているコラム「愛知万博の陰に咲くコンクリートの華」にあった。

  ほとんどが都築響一さんの受け売りになるが、制作者は浅野祥雲、本名・高次郎。明治24年岐阜県の農家の3男坊に生まれる。33歳で名古屋に出てきた祥雲は映画館の看板を描いたり土で肖像を作ったりなんでも自己流でこなすうちにコンクリートを使った彫刻の制作を行うようになったそうだ。
(詳しくは第7号ART IT・「都築響一の現代美術場外乱闘 第6回」参照)

 

 取材当日は残念ながら雨。
ゲートには戦国大名を歌ったBGMが我々を出迎えてくれる。
 目の前に広がる浅野祥雲のコンクリート彫刻。それらの群像に後ろ髪を引かれつつも雨が大降りになってきたので入園ゲートの二階にある資料館へ。

 資料館の階段を上がるとそこは関ヶ原の戦いで使用された武具たちが部屋の両脇に納められ眠るように展示されている。埃っぽい匂いが、ふと田舎の家の屋根裏に迷い込んでしまったような感覚を覚える。部屋の薄暗さは保存のために暗くしているのか?と思いきや展示の最後に江戸時代に描かれた貴重な関ヶ原の合戦地図が無造作に押しピンで張られていたりもする。

 真にウォーランド。戦いの世界。お洒落で小綺麗ではいけないのだ。スポットライトで雰囲気良くライティング出したり、ホワイトボードに書かれた妙に長い説明書きがあったり、表装や額装なんかしたりするのは御法度なのだ。朽ちるものは朽ちていけばいい。400年もの時を超えた現在でもまだ朽ちずに残っている侍たちの抜け殻がそう囁いている。俺たちも戦国の世を生き、そして21世紀まで残ってきたのだから、と。

 雨も上がり、あらためて公園内を散策してみる。やはり凄い。凄すぎる。
  このなんともいえない哀愁を醸し出すコンクリート彫刻の数々が、夏の雨上がりの雑草の中でまるでカラカラと音をたてるようにたたずんでいる。まるで戦国の世の中に思いを馳せながら過去と現在というの記憶の滞空時間を漂うように。


 この例えようのない乾いている様で湿っぽい風景は、まるで夢の中で戦国時代に取り残されてひとりぼっちになってしまったような気持ちに陥らせる。後に戻ろうにも既にゲートはなくなってしまっていて、ようやく戻って来れた現世は浦島太郎のように数十年後かもしれない。

 戦国ファンや現代美術ファンのでない方でも、ぜひ「関ヶ原ウォーランド」に足を運んでいただきたい。この浅野祥雲の世界に浸りつつも、総数231体にも及ぶ戦士たちが戦国の世を妄想する時間を供給してくれる数少ない名所の一つではないだろうか。

関ヶ原ウォーランドのご案内

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Nov /美術家


 

 

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