戦国魂の本多忠勝武将画


 

本多平八郎忠勝

「戦国最強の武将と言われた男」

「家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭に本多平八」

幼少の頃より家康に付き従い数々の戦いにおいて主人を救ってきた徳川四天王の一人で、愛槍「蜻蛉切り」を担ぎ、愛馬「三国黒」に乗って戦場を駆け抜ける勇士。
一言坂の戦いでは味方の斥候部隊三千の命を救うため殿軍を引き受け、武田軍の追撃を見事にかわす。
三方ヶ原の戦いにおいては小勢ながらも勇敢に武田軍と渡り合った。

忠勝の武は特筆され、生涯大小五十七度の戦いにおいてかすり傷ひとつ追わなかったと言われている。
また、信長をして「花実兼備の勇将」と言わしめ、秀吉にも「東国の本多、西国の立花」と賞賛された。

関ヶ原の戦いにおいては時が熟すのを待ち、全軍に指令を出し見事勝利を掴む。

そんな忠勝は徳川四天王という地位にいながらも、生涯小禄であった。
徳川政権において、総じて譜代は禄が少ないのが特徴であるが、忠勝さえも小禄であることを知ると、誰も文句は言わなかったという。


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忠勝の主 徳川家康

徳川家康

弱小国松平家に生まれ、 今川義元の人質となりながらも、桶狭間の戦い以降は独立。信長と清洲同盟を結ぶ。三河一向一揆では家中が半分に割れるなどの数々の試練を切り抜け、織田家にとって終生変わらぬ盟友となった。

三方ヶ原では大敗するも日本中の武士の信頼を集め大いに評価を上げる。
本能寺の変では堺見物に出ているところを、本多忠勝ら家臣に助けられ三河に辿りつく。小牧長久手の戦いにおいて秀吉軍を散々に打ち破った。

関ヶ原、大阪の陣を経て江戸幕府を開き、戦国の世を終わらせた名将。